イルカを食うのは残酷か?

この間新聞でイルカを食べる地域の漁師さんの話が載っていた。どうも妙な映画が外国で放映されたらしく、そこでは愛くるしいイルカたちが鬼のような日本人に虐殺されて食われている内容だったらしい。

これのせいで、その地域ではこのイルカ漁を大っぴらにやることは避けて、さらにはイルカ漁自体をなくす方向にさえ進んでいるらしい。

確かに今の時代イルカは食う必要もなさそうだ。貴重な食料だった時代からの伝統的な漁なのだと思う。いわばこれは魚をメインに生きてきた日本人の食文化の一つであって、外国人からぐちゃぐちゃ言われる筋合いはない。

かわいいから、賢いから食うなというのは本当に傲慢な考え方で、かわいい、賢い、どっちも何を基準にしてるのかよくわからない話だ。そんなものは相対的な感覚であってイルカがかわいいか賢いかなんていうのはだれにも決められない。

一方で見た目のグロテスクさから人気のない食材もたくさんある。かわいいから、賢いからという基準で食べていい悪いなんて言う連中はとんでもない差別の塊であることを自分たちで表明している。

こういう価値観の押しつけはやはり白人がやってることで、この独善的な主張に対して当の日本人にもそれを支持する傾向があるのは驚くべきことだ。

中国では猫を食う人も少数いるし、犬は日常的に食べられている。私は犬も猫も好きだから積極的に食いたいとは思わなかったが、だからといって中国人がそれらを食べるのを否定はできない。中国は良くも悪くも食王国で胎盤だって食べるし、漢方だって食の試行錯誤から派生したものではないかとさえ思う。たとえばイルカからエイズの特効薬が採取できると知ったらもう賢いだのなんだの言ってたことを忘れて乱獲されまくるのではないか。

こういう価値観の押しつけは相手の国の文化や歴史を無視した本当に傲慢なものだと思う。いいかげん白人の言うことは洗練されてるなんて錯覚はもうやめないか。

中国人は帝王切開が普通だと思ってる可能性

大連の人と話していると時折、は?と思うようなことを言われることがある。

今まで聞いてそれは必ずしもそうではないだろというのをちょっとだけ書く。

大連では出産が帝王切開のことが多い。これは病院側の都合でその方が簡単に産ませられるからである。だから大連女性が出産予定日の話をするとしたらそれは自然分娩の話ではなくて帝王切開による出産の話だと大筋思ったほうがいい。

もちろん、私の知り合いの大連女性のうち少数だが自然分娩で生んでいる人もいるにはいるが、やはりほとんどの女性は帝王切開のようだ。

で、大連女性はこれが病院の都合で帝王切開されているという感覚がない。つまり、自然分娩は珍しいことで、帝王切開しないと産めないと思ってる女性が案外多いのだ。

だから、結婚も30歳を過ぎると子供が産めないから。。というような形で30歳以上の女性はあまり好まれない傾向があるらしい。私の母親は姉を33歳の時、私を39歳の時に生んでいる。どちらも自然分娩だが、こういう話をするとそれは特殊なケースではないかと言われる。

ちょっと想像すれば、帝王切開が施されるようになったのはまだまだ歴史が浅く、近代医学以降なのだから、それ以前の世界で人間がどうやって子供を産んでいたかわかりそうなものだが、とにかく中国人は自分たちだけの身近な習慣に即してしか考えられない傾向があるので、こういう思い込みになる。

大連で別れたり、結婚ができなかったりしてる人たちを見ていると原因は貧乏だったり、相手が完全な健康じゃなかったり、特に女性の場合年齢が30過ぎてるからだったりすることが多い。

こういうのを眺めているとなんだか結婚相手を選ぶというより家畜を選んでいるみたいだなと思う。

品質の良い健康体の家畜選びは畜産農家にとって重要なことだ。何しろそれは収入と密接にかかわってるわけだから。育てている家畜に愛情を持ってるのか私は知らない。以前、母親の実家は牛を育てていたが、叔父になついていた。しばらくして、遊びに行ったら売られていた。叔父はちょっとさみしそうだったが、叔母がさっさと売り払ったらしい。結婚も当然収入あっての生活だから相手選びは家畜選びに似てしまうことはある意味当然かもしれない。

今我々がうまい肉を食べられるのは、長い時間をかけて品種改良という名のもとに自分たちが育て安くおいしく感じられる種類を選別して育ててきたおかげだ。人間も動物である以上、同じようなプロセスが発生するのはやむを得ないが、こうして人間本位の理想の世界を実現するためにどれほど多くの動物、植物が絶滅してきたのか。絶滅した動植物たちの遺伝子に取り返しのつかない機能はなかったのか。

中国ではこの淘汰が普通の国よりも早いスピードで展開しているように見える。

私は昔、ザリガニをたくさん捕まえてきて小さな桶の中で飼っていた。子供の残酷さというか今思えばひどいことをしたと思うが、当時は好奇心で一番強いザリガニを残そうと思ってしばらく餌をやらずに放置した。毎日数匹のザリガニが姿を消したが、最終的に生き残ったのはぼろぼろになった一匹だけだった。そのザリガニも歴戦で傷つきすぎたのだろうほどなく死んだ。

人工的に作られた空間でこうした風景を見た限りでは、意図的な弱肉強食はかなり無理があるのだと知った。今現在中国人が自分で立ちで率先して行っている弱者排除の傾向はそう遠くない未来に自分たちへのダメージとして、跳ね返ってくるのではないかとちょっと思った。



家庭が置物になる日

最近友人がもう家に帰らなくなって一ヶ月になるという。もちろん、会社には出社してるし、携帯でたまに家族と会話もしてるらしい。自分でもなんでこんなことになったのかよくわからないが、とにかく家に帰る気がしないという。

話を聞いていてちょっと別な事を思い出した。

別な友人だがその人はいわゆるワーキングプアな人だ。働けど働けどというやつである。今どきこれはないだろうというすさまじいアパートに住んでいて、台所手前の床はもう何年も抜けっぱなし、トイレは半畳ほどのスペースしかない。便器が壁ぎりぎりなのだからすごい。これでも共同便所よりはましというのか家賃は4万である。

この人は趣味がない人だったので私はカメラを教えた。ファッションなど無頓着な人なので、あっという間にカメラにはまり、もう知りあって10年ほどになるが、その間に購入したカメラは私の知る限り数十台になる。知らないのも含めたらもっとだろう。

この人は購入する時これが最高だと思って買うのだが、しばらくすると結局維持する金もメンテする金も出せないので手放してしまう。そして少し経つとまた別な機種を購入するというのを繰り返している。

この人の場合、金がないために維持できなくて金欠になったとき売り払うというサイクルになってるのだが、売り払わないまでもフィルムを現像プリントする金に困って結局カメラが置物になってる人も多いのではないだろうか。

私は結婚したことがないので想像だが、カメラを維持するには適度な使用とメンテナンスが重要で、使ってるうちに愛着もわくし、愛着がわくからメンテナンス費用も出せるわけで、家庭もこれと似ているのではないかと思った次第。

最初の友人は妻子をもちきっちりと働いている世間でいえば真面目人間である。しかし、家庭を持つことと愛着を持てるかどうかは別問題のようだ。

カメラにまた話を振るが、なんでそのカメラに愛着を持つかといえば、それを使って様々な写真を撮った、いろんなところに連れて行ったというような思い出である。この友人は仕事が忙しすぎて家庭を持っては見たものの、思い出になるような出来事は特にないと言っていた。

この友人は社会という広い部屋の中でぽつんと家庭を置物にしてしまったのかもしれないなとふと思った。

中国バブルはいつ崩壊するか

最近新聞でも中国関係の記事は多く、これから中国の未来はバラ色であるかのような記事を多く見かける。

個人的にいずれは中国に住むのでこれはうれしいことだと言えるのだが、実際に暮らした感想や現在大連で働く恋人の状況を聞く限り全くそんな景気のいい雰囲気はない。

中国のインフラはひどく中途半端だし、とても先進国並みとはいえない。大連のようなIT都市でさえネット速度は日本のISDNに毛が生えた程度のものだ。

不動産価格は相変わらず上昇しているらしい。彼女の話では郊外でも一平米8000元はくだらないという。この辺で中国とほかの国の違いというか、価格相場の変動がスムースに起こらない中国独特の気質があるように感じている。

例えば、日本ではバブルの頃、不動産価格は急激に上昇したが、実際人々の景気も良かった。給料もよかったし、私は当時高校生でアルバイトばかりしていたが、そのころはライブ設営のバイトなんかが毎日のようにあって、夕方から深夜までの仕事で日給12000円ぐらいもらっていた記憶がある。

だが、中国のバブルはどうだろうか。今大連で働く彼女は3年契約を過ぎて今年契約を更新、現在はソフトウエアのテスティング業務と通訳アシスタント業務の二つの仕事を抱えている。実際には更新時にテスティングへ徐々にシフトしていき、あとから雇われる予定だった新人に引き継ぎをしてからテスティングに完全移行のはずだったのだが、会社は新人を雇う気はまったくないらしく、彼女は仕方なく会社内で二足のわらじ状態になっている。

給料はというとほとんど変わってない。なんだか詐欺みたいだねと私は言ってるのだが、中国企業の現実はこんなもんなのである。彼女の周囲では二人揃って首になってしまい、住宅ローンをなんとか親に肩代わりしてもらっていて就職が決まらなければ手放さざるを得ないような若い夫婦もいるらしいし、これじゃサブプライム一歩手前という感じなのだが、大丈夫なのか?

現在大連の就職状況は日本以上に厳しい。給与も増えたという話は聞いたことがなくて減ったという話ばかりだ。こんな状況でなぜ不動産価格は上昇を続けるのか。

大連に住んでいた時アパートを探して歩き回ったが、とんでもないボロアパートでも相場以上の物件がよくあった。日本であればアパートの状態や、その時の相場などを考えて不動産屋もアドバイスしつつこのくらいの値段だったら人が入るでしょうという価格で提供するが、大連ではそういう思考はないというのを思い知った。中国人はとにかく実質価値が下がろうと、景気が悪かろうと個人が価格を決める以上絶対に自分が買った価格以下で売るつもりはないのだと思う。もしこの想像が当てはまるのだとしたらバブルで購入した人はローンでこけて競売にでもかけられない限り、高い値段で売るのが延々と続くのだろうか。

買う人がいなければそれは無人のまま放置される。実際大連にはそういうマンションがたくさんあり、夜など眺めていると巨大なマンションで明かりがついてるのはほんの数軒だったりする。

最近の記事では不動産熱はますます上がってるようで、業者は資金の調達に必死なようだ。こうして不景気下で乱立するマンションの価格は下がるどころか上がる一方だ。供給が過剰になれば下がるのは必至だと思うが、そういうことは大連ではありえないらしい。

80後世代の若者が購入層の30パーセントを占めるといわれる中国の不動産。私の彼女を含めてちょっと煽られすぎじゃないの?と知れば知るほど不思議になる中国経済。今はもうどこまで膨れ上がるのかの方に興味津々である。

最近使ってるカメラとフィルム

風邪をひいて引きこもってるので暇で暇で仕方ない。

普段いじくらないカメラを点検したり本を整理したりするが、鼻水が非常にうっとおしい。

中版をメインにしているが、35mmも持っていく。確実にいつも腰にぶら下がってるのがGR1Sで、鞄を持ち歩いてるときはそこにX-700とPEN-Sが入っている。4台も持ち歩いてるのかと思われるかもしれないが、どのカメラもとても軽いのであまり持ち歩いてるという自覚がない。

なんでこんなに持ち歩くかというと中版は12枚しか撮影できないし、35mmは2台とも電気カメラだし、最悪PEN-Sが動くという安心感からだ。

で、これが意外と状況によって使い分けが可能だったりする。GR1Sはほぼ無音のカメラだし、PEN-Sもそう。撮影していて驚かれることはない。X-700は何気に甲高いシャッター音なので確実に振り向かれるし、中版は撮影自体がスローになる。

最近、中版にポートラとかを入れて歩くことが多くなった。この間何気なく使ってみて、珍しく現像、プリントを頼んだ。プリントサイズに見慣れないものがあって、それで頼んでみたら1枚80円だったが、えらくかわいい大きさのスクエア写真ができてきた。それ以来このサイズが気に入ってしまってもっぱらポートラで撮影してはこの小さなスクエア写真を頼むようになった。

原版をふたまわりぐらいに大きくしたようなサイズなのだが、これが妙にいい感じなのである。

ポートラのNCは柔らかい写りで私は好きだ。こんなことを書くとロモグラフィーみたいなものを想像されるかもしれないが、確かにちょっとロモっぽいというか、ポラロイドで撮影した写真を眺めてるような楽しさがある。ポラロイドは以前SX-70を持っていた。こいつは皮がばりばりになったやつで、近所の多摩川住宅のゴミ捨て場に放置されていたのを拾ったのだった。

ポラのフィルムは高くて数回しか使わなかったが、郷愁を誘うやさしい色合いが女性に受けてるのだと思う。ってことで、中版のスクエアでカラーネガをBLだか何だか忘れたが、サイズ指定してプリントするとこのポラっぽい写真が出来上がるのでお勧め。

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