家庭が置物になる日
最近友人がもう家に帰らなくなって一ヶ月になるという。もちろん、会社には出社してるし、携帯でたまに家族と会話もしてるらしい。自分でもなんでこんなことになったのかよくわからないが、とにかく家に帰る気がしないという。
話を聞いていてちょっと別な事を思い出した。
別な友人だがその人はいわゆるワーキングプアな人だ。働けど働けどというやつである。今どきこれはないだろうというすさまじいアパートに住んでいて、台所手前の床はもう何年も抜けっぱなし、トイレは半畳ほどのスペースしかない。便器が壁ぎりぎりなのだからすごい。これでも共同便所よりはましというのか家賃は4万である。
この人は趣味がない人だったので私はカメラを教えた。ファッションなど無頓着な人なので、あっという間にカメラにはまり、もう知りあって10年ほどになるが、その間に購入したカメラは私の知る限り数十台になる。知らないのも含めたらもっとだろう。
この人は購入する時これが最高だと思って買うのだが、しばらくすると結局維持する金もメンテする金も出せないので手放してしまう。そして少し経つとまた別な機種を購入するというのを繰り返している。
この人の場合、金がないために維持できなくて金欠になったとき売り払うというサイクルになってるのだが、売り払わないまでもフィルムを現像プリントする金に困って結局カメラが置物になってる人も多いのではないだろうか。
私は結婚したことがないので想像だが、カメラを維持するには適度な使用とメンテナンスが重要で、使ってるうちに愛着もわくし、愛着がわくからメンテナンス費用も出せるわけで、家庭もこれと似ているのではないかと思った次第。
最初の友人は妻子をもちきっちりと働いている世間でいえば真面目人間である。しかし、家庭を持つことと愛着を持てるかどうかは別問題のようだ。
カメラにまた話を振るが、なんでそのカメラに愛着を持つかといえば、それを使って様々な写真を撮った、いろんなところに連れて行ったというような思い出である。この友人は仕事が忙しすぎて家庭を持っては見たものの、思い出になるような出来事は特にないと言っていた。
この友人は社会という広い部屋の中でぽつんと家庭を置物にしてしまったのかもしれないなとふと思った。
話を聞いていてちょっと別な事を思い出した。
別な友人だがその人はいわゆるワーキングプアな人だ。働けど働けどというやつである。今どきこれはないだろうというすさまじいアパートに住んでいて、台所手前の床はもう何年も抜けっぱなし、トイレは半畳ほどのスペースしかない。便器が壁ぎりぎりなのだからすごい。これでも共同便所よりはましというのか家賃は4万である。
この人は趣味がない人だったので私はカメラを教えた。ファッションなど無頓着な人なので、あっという間にカメラにはまり、もう知りあって10年ほどになるが、その間に購入したカメラは私の知る限り数十台になる。知らないのも含めたらもっとだろう。
この人は購入する時これが最高だと思って買うのだが、しばらくすると結局維持する金もメンテする金も出せないので手放してしまう。そして少し経つとまた別な機種を購入するというのを繰り返している。
この人の場合、金がないために維持できなくて金欠になったとき売り払うというサイクルになってるのだが、売り払わないまでもフィルムを現像プリントする金に困って結局カメラが置物になってる人も多いのではないだろうか。
私は結婚したことがないので想像だが、カメラを維持するには適度な使用とメンテナンスが重要で、使ってるうちに愛着もわくし、愛着がわくからメンテナンス費用も出せるわけで、家庭もこれと似ているのではないかと思った次第。
最初の友人は妻子をもちきっちりと働いている世間でいえば真面目人間である。しかし、家庭を持つことと愛着を持てるかどうかは別問題のようだ。
カメラにまた話を振るが、なんでそのカメラに愛着を持つかといえば、それを使って様々な写真を撮った、いろんなところに連れて行ったというような思い出である。この友人は仕事が忙しすぎて家庭を持っては見たものの、思い出になるような出来事は特にないと言っていた。
この友人は社会という広い部屋の中でぽつんと家庭を置物にしてしまったのかもしれないなとふと思った。

