現代中国人考 02
中国は広い。広すぎて中国人自身も中国について全体的に語れる人はいないだろう。日本人として大連に住んでみて日本との決定的な相違点の代表的なものを取り上げてみたい。
まず、日本にいたとき気がつかなかった当たり前のことがどれほど大事なことであるかということを知った。水道が出る、出た水をそのまま飲める、売っている製品に危険なものがある確率は非常に低く、事故があったとき責任の追及ができる、安心して食堂に入れる、各地に張り巡らされた電車のおかげでスケジュールを考えて安心して交通機関を利用できる、プロのサービスマン、専門家がいる、何かが起こったとき、その原因を調べることができるなどなど軽く思いつくままでもこの程度のことが大連ではまだ実現していない。
水道は止まることが珍しくなく、またその断水期間も短くて1日、長ければ数日なんていうこともある。スーパーなどで売ってる製品も元々の品質が悪いものも多く、さらに販売店側も消費期限をとっくにすぎたまま販売してるケースも珍しくない。なので、購入するときは本当に注意が必要だ。日本のように多少消費期限がすぎていても食べられるのと違ってこっちの消費期限は本当にぎりぎりの日付であるためそれを超えてるなんていうのは論外、製造日が新しいものを確実に選ぶべきだ。
またこうした食品や食堂で食べたものによる食中毒などが発生してもクレームをつける習慣がないので無駄である。商品に書いてある電話番号はつながらないことが多いし、つながったとしても相手にされないだろう。食堂にいたっては車が排気ガスを撒き散らしながら走りまくる大通りに面して野菜やら魚が干してあるような大衆的な店は避けたほうが無難である。特に夏場は本当に怖い。
交通機関はこれが個人的に一番耐えられないものであったが、バスとタクシーがメインなので、バスを利用しようとしてもなかなか来ない場合も多く、やっときても超ラッシュだったりする。あきらめてタクシーを拾おうとするかもしれないが、こっちのタクシーは運転手の都合で動いているため客が少なく道路がすいてるときはナンパでもするように向こうから声をかけてくるが、交代時間や道路が混んでるときなどは平気で無視をされる。道路の渋滞を知らずに乗せてくれる運転手もいるが、渋滞を見た瞬間そこで降りてくれというのもこちらのタクシーでは日常茶飯だ。あらゆるところに自己中が浸透してるのである。
住んでいるといろいろなものが壊れる。壊すのではなくて壊れる。普通に水道の蛇口をひねったのになぜか根元から折れてしまったなんていうこともある。カーテンを普通に使おうとしたら上から根こそぎ落ちてきたとかゆがんだ形で設置されているコンセントが勝手に燃え出すとかしゃれにならないようなこともある。こんなとき、日本であれば適当な修理屋をタウンページでも開いて近所から呼べば一応直してくれる。だが、大連ではまず電話帳というものがない。中国人からすると電話帳なんてプライベートな情報を満載にしたものを各家庭に配るなんて信じられないそうだ。この電話帳についてはまた別な機会に書くとして、そんな感じなのである。するとどうすればいいか?修理専門のちゃんとした会社のようなものはほとんどない。あるというかいるのは道端で乞食のように座っているおじさんたちである。彼らはどこかに所属してるわけではなく、道端で自分ができる範囲の修理を汚い看板に書いて座って仕事を待つ住所不定の自営業者である。
彼らと出会いたいなら大学の近所とかバス停の近所、家具屋、デパートの近所を見て回るといい。あまりに汚い身なりなので一見乞食にしか見えないが、一応彼らは修理人なのである。
こんな風だから、見た目のまんま信用できないし、腕も悪く、素人以下である。だが、請求してくる金額は日本以上で数千元とか平気で請求する。普段滅多に仕事がないので一度の仕事で大金を手に入れようとするのである。かといって値段に見合った技術は持ってないし、自分の仕事に責任感もない。このあたり、中国の企業をそのまま個人にしたような面白さがある。
プロがいないというのは本当に不便なことだ。何を信用したら良いのかわからなくなる。大連で仕事をしている人はプログラマーにしろデザイナーにしろ、カメラマンにしてもみな日本のハイアマチュアクラスの人がほとんどだ。日本人が求めるプロの姿はそこにはない。彼らの技術はある程度の経験と知識を持てば誰でもできる程度のことが多く、さらに自分の仕事に対するプライドや責任感といったものは皆無に等しい。彼らが仕事をする上で一番大事にしてることはいくら儲かるか?これだけである。
プロ意識というのは非常に大事なことだと思う。これがあるかないかで個人レベルにしても企業レベルにしても提供する製品やサービスの質はまったく変わってくる。中国人が平気で有害な薬品を食べ物に混ぜたりするのも利益のみを追求するモラルとその職業に携わるプライド意識のなさ、プロ意識のなさから発生してるように思う。
平然と賄賂を要求するのは日常的なことだ。下っ端の公安でさえショバ代のような形で露天商から金を巻き上げている。こうした行為も職業に対するプライドのなさから出てくるものだろう。
さらに日常生活で困ること、つまり、どこかで水道管が壊れたとかそうした事態でも市政府はなかなか動いてくれない。テレビなどの報道で騒ぎ始めてやっと動いてくれる。こうした事態が高級住宅地で起こればさっさと対応してくれるだろう。なぜならそこには地位の高い人が住んでいるだろうし、役人に賄賂を渡せる人も大勢いるだろうから。この国では貧乏人はどん底である。基本的な権利を主張することもできない。金がなければ口がないのと同じだ。テレビは若干こうした貧乏人の声に対して増幅器のような役割を果たしているが、そこにはたくさんのフィルタリングが設定されていてまだまだ現実は人民に隠されている。
まず、日本にいたとき気がつかなかった当たり前のことがどれほど大事なことであるかということを知った。水道が出る、出た水をそのまま飲める、売っている製品に危険なものがある確率は非常に低く、事故があったとき責任の追及ができる、安心して食堂に入れる、各地に張り巡らされた電車のおかげでスケジュールを考えて安心して交通機関を利用できる、プロのサービスマン、専門家がいる、何かが起こったとき、その原因を調べることができるなどなど軽く思いつくままでもこの程度のことが大連ではまだ実現していない。
水道は止まることが珍しくなく、またその断水期間も短くて1日、長ければ数日なんていうこともある。スーパーなどで売ってる製品も元々の品質が悪いものも多く、さらに販売店側も消費期限をとっくにすぎたまま販売してるケースも珍しくない。なので、購入するときは本当に注意が必要だ。日本のように多少消費期限がすぎていても食べられるのと違ってこっちの消費期限は本当にぎりぎりの日付であるためそれを超えてるなんていうのは論外、製造日が新しいものを確実に選ぶべきだ。
またこうした食品や食堂で食べたものによる食中毒などが発生してもクレームをつける習慣がないので無駄である。商品に書いてある電話番号はつながらないことが多いし、つながったとしても相手にされないだろう。食堂にいたっては車が排気ガスを撒き散らしながら走りまくる大通りに面して野菜やら魚が干してあるような大衆的な店は避けたほうが無難である。特に夏場は本当に怖い。
交通機関はこれが個人的に一番耐えられないものであったが、バスとタクシーがメインなので、バスを利用しようとしてもなかなか来ない場合も多く、やっときても超ラッシュだったりする。あきらめてタクシーを拾おうとするかもしれないが、こっちのタクシーは運転手の都合で動いているため客が少なく道路がすいてるときはナンパでもするように向こうから声をかけてくるが、交代時間や道路が混んでるときなどは平気で無視をされる。道路の渋滞を知らずに乗せてくれる運転手もいるが、渋滞を見た瞬間そこで降りてくれというのもこちらのタクシーでは日常茶飯だ。あらゆるところに自己中が浸透してるのである。
住んでいるといろいろなものが壊れる。壊すのではなくて壊れる。普通に水道の蛇口をひねったのになぜか根元から折れてしまったなんていうこともある。カーテンを普通に使おうとしたら上から根こそぎ落ちてきたとかゆがんだ形で設置されているコンセントが勝手に燃え出すとかしゃれにならないようなこともある。こんなとき、日本であれば適当な修理屋をタウンページでも開いて近所から呼べば一応直してくれる。だが、大連ではまず電話帳というものがない。中国人からすると電話帳なんてプライベートな情報を満載にしたものを各家庭に配るなんて信じられないそうだ。この電話帳についてはまた別な機会に書くとして、そんな感じなのである。するとどうすればいいか?修理専門のちゃんとした会社のようなものはほとんどない。あるというかいるのは道端で乞食のように座っているおじさんたちである。彼らはどこかに所属してるわけではなく、道端で自分ができる範囲の修理を汚い看板に書いて座って仕事を待つ住所不定の自営業者である。
彼らと出会いたいなら大学の近所とかバス停の近所、家具屋、デパートの近所を見て回るといい。あまりに汚い身なりなので一見乞食にしか見えないが、一応彼らは修理人なのである。
こんな風だから、見た目のまんま信用できないし、腕も悪く、素人以下である。だが、請求してくる金額は日本以上で数千元とか平気で請求する。普段滅多に仕事がないので一度の仕事で大金を手に入れようとするのである。かといって値段に見合った技術は持ってないし、自分の仕事に責任感もない。このあたり、中国の企業をそのまま個人にしたような面白さがある。
プロがいないというのは本当に不便なことだ。何を信用したら良いのかわからなくなる。大連で仕事をしている人はプログラマーにしろデザイナーにしろ、カメラマンにしてもみな日本のハイアマチュアクラスの人がほとんどだ。日本人が求めるプロの姿はそこにはない。彼らの技術はある程度の経験と知識を持てば誰でもできる程度のことが多く、さらに自分の仕事に対するプライドや責任感といったものは皆無に等しい。彼らが仕事をする上で一番大事にしてることはいくら儲かるか?これだけである。
プロ意識というのは非常に大事なことだと思う。これがあるかないかで個人レベルにしても企業レベルにしても提供する製品やサービスの質はまったく変わってくる。中国人が平気で有害な薬品を食べ物に混ぜたりするのも利益のみを追求するモラルとその職業に携わるプライド意識のなさ、プロ意識のなさから発生してるように思う。
平然と賄賂を要求するのは日常的なことだ。下っ端の公安でさえショバ代のような形で露天商から金を巻き上げている。こうした行為も職業に対するプライドのなさから出てくるものだろう。
さらに日常生活で困ること、つまり、どこかで水道管が壊れたとかそうした事態でも市政府はなかなか動いてくれない。テレビなどの報道で騒ぎ始めてやっと動いてくれる。こうした事態が高級住宅地で起こればさっさと対応してくれるだろう。なぜならそこには地位の高い人が住んでいるだろうし、役人に賄賂を渡せる人も大勢いるだろうから。この国では貧乏人はどん底である。基本的な権利を主張することもできない。金がなければ口がないのと同じだ。テレビは若干こうした貧乏人の声に対して増幅器のような役割を果たしているが、そこにはたくさんのフィルタリングが設定されていてまだまだ現実は人民に隠されている。

