現代中国人考
中国に暮らしたことのある人や接したことのある人はなんとなく感じているかもしれないが、中国人の大部分は損得勘定で人付き合いをする。たとえば、日本人は住んでいるとちやほやされるが、これは金を持ってると思われてるためで、本当に好意で近づいてくるような中国人は極稀だ。
中国男性はよくおごってくれるが、これも次回もっといいものをおごってくれるだろうという期待がある場合が多い。私は今無職として暮らしているが、数百人知り合った中国人のうち普通に友人として損得勘定抜きで交流できているのはほんの数人である。
本当にいい中国人というのもいて、食事を心配してくれたり、金は大丈夫かというような感じでわざわざ日常品を買って訪問してくれるような人もいる。だが、ほとんどの中国人はなにかしら頼みがあるときに連絡をしてくる。それはたとえば日本の誰かを紹介してほしいとか、日系企業に提出する履歴書を見てほしいとかそんなときである。
まあ、金に関係ないことなら私は別にどうでもいい人なのでアドバイスをするが、それっきりである。日本人であれば無事入社できましたとかこの間は手数をかけてすみませんでしたとかそういう連絡があっても良いかなと思うのだが、とにかく利用したら後は無言なのだ。
こういう人が多いので私は彼らから近づいてきたときは負担がない程度の助力をし放置する。まともな人であれば、その後よい関係になれるが、ほとんどの中国人はそこまで至らない。
逆にいうと相手にとって利用価値がある場合、彼らは頻繁に連絡してくる。弟がこういう会社を始めたのだが、日本人の意見を聞きたいとかそういうとき、こちらに連絡もなしに部屋に来て不在だとどこにいるのか?待ってるので早く来てくれなんていわれてしまう。
部屋へ戻るのは何時過ぎになるからまた後日連絡してからおいでと言うと、あなたはわがままだ!と逆切れされてしまうこともあった。このあたりの神経は理解できないし、したくない。理解できたら精神病者の仲間入りである。
それまで、頻繁に連絡して甘い言葉をささやいていた相手がこちらにその気がないと知った瞬間から一気に態度を豹変させるのも中国人の特徴だろう。これについては前の記事でゆきこさんという人がロンドンで香港人との一件でもよくわかるが、多分、中国人全般に見られるのだと思う。
こうした特長は女性にはっきりと見られる。中国女性は猫よりもきまぐれで、一度譲るとあとはどんどんずうずうしくなる。たとえば、なにかプレゼントをしてそのときその女性は死ぬほど幸福な顔をする。そして、自分の感謝の気持ちをこれでもかと言ってくるのだが、中国女性にプレゼント効果は長続きしない。数日、ひどい場合には翌日にはもうそんな気持ちは忘れてたりする。こうしたきまぐれさをかわいいと思えるかどうかが問題である。個人的には金がいくらあっても足りないなと思ってしまう。大体、恋人との交際でそんなにプレゼントなんか頻繁にするものだろうか。中国女性はデパートをぶらつこうと誘っておいて欲しいものがあるとそのあとは始終それの話題になり、結局買ってあげざるを得ない状況に追い込むあたりにしたたかさを感じる。
中国人の経済感覚はどこかおかしい。普通これぐらい稼いでいたらこのぐらいの出費という風に考えると思う。恋人がいても自分の収入に見合った交際をするだろう。だが、男は見栄っ張りなので借金をしてまでのデートを重ねるし、女は彼氏の給料など気にも留めず、これがほしい、次はあれがほしいと欲望は尽きない。買い物症候群といういわゆる多重債務者にありがちな行動パターンを以前日本のテレビで見たが、あの精神状況に近い。現代中国人はこの病に犯されてる男女が多い気がする。
今日はスーパーで面白い雑談を聞いた。まだ結婚したばかりの若い奥さん風の女性がこういっていた。相手はスーパーの店員である。
若奥さん あなたは今どのくらいの部屋に住んでるの?
店員 30平米ぐらい
若奥さん あら!そんなに狭いと大変ね。私は今50平米の部屋に住んでるけど、子供ができたらこの部屋を売って新しくせめて100平米ぐらいの部屋に買いなおそうと思ってるの。だんなは子供が早くほしいって言ってるけど、100平米の部屋に引っ越すまでは子供を作る気はないの。
店員 (この人は多分この若奥さんよりも年長者)そうね、子供ができてからじゃ遅いからそのほうがいいわよ
若奥さん だんなは子供を作ろうとがんばってるけど、薬飲んでるからできないのにねえ 笑
店員 笑
こんな会話をかなり大声でしていたが、これを聞いて怖いなとおもった。中国女性はしたたかである。私の彼女も同じような考えを持っているのだろうか。こっちの人の感覚では100平米でまあそこそこの家、50平米とかだと独身者の家というような基準がある。
私の彼女が日本に住みたいとは言ってるが、現実的に日本の部屋を見たら中国女性の感情面を考えるとさっさと帰ってしまうのではないかと思う。なにしろ、日本では100平米の部屋などよほど田舎でもない限り現実に住める可能性は低いのだから。
私の現在考えている彼女との日本での生活はせいぜい10畳前後のところで生活し、贅沢をしないで貯金をしつつ、大連の住宅価格が適正になったころ、どうせ現在100万元もする家も適正価格はせいぜい30万元ぐらいであろうから、高いローンなど組まずに一括で購入してしまいたい。だが、大連で生活するとは限らないのでどうせ東京に家はもう持っているし、半分東京、半分大連のような形で暮らしていきたいというのが個人的な願望だ。仕事については東京でやってる商売と不動産収入でなんとかなる。わざわざ大連の不安定な企業に就職する必要は感じない。
だが、中国人はとにかく、どこかの企業に所属していることを強く希望する。中国という国自体が非常に不安定にもかかわらず、中国人は企業にいれば安心だと思い込んでいる。こっちで外国人の転職というのは本当に面倒で、毎回労働局や入境などになぜか自分で行って処理させられる。このとき会社の用意する書類に少しでも不備があればやりなおしである。会社の書類に不備がなくても役所が判子の日付を間違えたりすることも珍しくないため、こんなときもやりなおしである。こういういい加減で何でも自分が注意しないといけない国では安心して働くという感覚は想像できない。
中国人が何を考えているか、それは非常にシンプルで単純なのかもしれないが、彼らの気まぐれさ無責任さがその単純な思考プロセスをとてつもなく複雑な迷路にしている。
中国男性はよくおごってくれるが、これも次回もっといいものをおごってくれるだろうという期待がある場合が多い。私は今無職として暮らしているが、数百人知り合った中国人のうち普通に友人として損得勘定抜きで交流できているのはほんの数人である。
本当にいい中国人というのもいて、食事を心配してくれたり、金は大丈夫かというような感じでわざわざ日常品を買って訪問してくれるような人もいる。だが、ほとんどの中国人はなにかしら頼みがあるときに連絡をしてくる。それはたとえば日本の誰かを紹介してほしいとか、日系企業に提出する履歴書を見てほしいとかそんなときである。
まあ、金に関係ないことなら私は別にどうでもいい人なのでアドバイスをするが、それっきりである。日本人であれば無事入社できましたとかこの間は手数をかけてすみませんでしたとかそういう連絡があっても良いかなと思うのだが、とにかく利用したら後は無言なのだ。
こういう人が多いので私は彼らから近づいてきたときは負担がない程度の助力をし放置する。まともな人であれば、その後よい関係になれるが、ほとんどの中国人はそこまで至らない。
逆にいうと相手にとって利用価値がある場合、彼らは頻繁に連絡してくる。弟がこういう会社を始めたのだが、日本人の意見を聞きたいとかそういうとき、こちらに連絡もなしに部屋に来て不在だとどこにいるのか?待ってるので早く来てくれなんていわれてしまう。
部屋へ戻るのは何時過ぎになるからまた後日連絡してからおいでと言うと、あなたはわがままだ!と逆切れされてしまうこともあった。このあたりの神経は理解できないし、したくない。理解できたら精神病者の仲間入りである。
それまで、頻繁に連絡して甘い言葉をささやいていた相手がこちらにその気がないと知った瞬間から一気に態度を豹変させるのも中国人の特徴だろう。これについては前の記事でゆきこさんという人がロンドンで香港人との一件でもよくわかるが、多分、中国人全般に見られるのだと思う。
こうした特長は女性にはっきりと見られる。中国女性は猫よりもきまぐれで、一度譲るとあとはどんどんずうずうしくなる。たとえば、なにかプレゼントをしてそのときその女性は死ぬほど幸福な顔をする。そして、自分の感謝の気持ちをこれでもかと言ってくるのだが、中国女性にプレゼント効果は長続きしない。数日、ひどい場合には翌日にはもうそんな気持ちは忘れてたりする。こうしたきまぐれさをかわいいと思えるかどうかが問題である。個人的には金がいくらあっても足りないなと思ってしまう。大体、恋人との交際でそんなにプレゼントなんか頻繁にするものだろうか。中国女性はデパートをぶらつこうと誘っておいて欲しいものがあるとそのあとは始終それの話題になり、結局買ってあげざるを得ない状況に追い込むあたりにしたたかさを感じる。
中国人の経済感覚はどこかおかしい。普通これぐらい稼いでいたらこのぐらいの出費という風に考えると思う。恋人がいても自分の収入に見合った交際をするだろう。だが、男は見栄っ張りなので借金をしてまでのデートを重ねるし、女は彼氏の給料など気にも留めず、これがほしい、次はあれがほしいと欲望は尽きない。買い物症候群といういわゆる多重債務者にありがちな行動パターンを以前日本のテレビで見たが、あの精神状況に近い。現代中国人はこの病に犯されてる男女が多い気がする。
今日はスーパーで面白い雑談を聞いた。まだ結婚したばかりの若い奥さん風の女性がこういっていた。相手はスーパーの店員である。
若奥さん あなたは今どのくらいの部屋に住んでるの?
店員 30平米ぐらい
若奥さん あら!そんなに狭いと大変ね。私は今50平米の部屋に住んでるけど、子供ができたらこの部屋を売って新しくせめて100平米ぐらいの部屋に買いなおそうと思ってるの。だんなは子供が早くほしいって言ってるけど、100平米の部屋に引っ越すまでは子供を作る気はないの。
店員 (この人は多分この若奥さんよりも年長者)そうね、子供ができてからじゃ遅いからそのほうがいいわよ
若奥さん だんなは子供を作ろうとがんばってるけど、薬飲んでるからできないのにねえ 笑
店員 笑
こんな会話をかなり大声でしていたが、これを聞いて怖いなとおもった。中国女性はしたたかである。私の彼女も同じような考えを持っているのだろうか。こっちの人の感覚では100平米でまあそこそこの家、50平米とかだと独身者の家というような基準がある。
私の彼女が日本に住みたいとは言ってるが、現実的に日本の部屋を見たら中国女性の感情面を考えるとさっさと帰ってしまうのではないかと思う。なにしろ、日本では100平米の部屋などよほど田舎でもない限り現実に住める可能性は低いのだから。
私の現在考えている彼女との日本での生活はせいぜい10畳前後のところで生活し、贅沢をしないで貯金をしつつ、大連の住宅価格が適正になったころ、どうせ現在100万元もする家も適正価格はせいぜい30万元ぐらいであろうから、高いローンなど組まずに一括で購入してしまいたい。だが、大連で生活するとは限らないのでどうせ東京に家はもう持っているし、半分東京、半分大連のような形で暮らしていきたいというのが個人的な願望だ。仕事については東京でやってる商売と不動産収入でなんとかなる。わざわざ大連の不安定な企業に就職する必要は感じない。
だが、中国人はとにかく、どこかの企業に所属していることを強く希望する。中国という国自体が非常に不安定にもかかわらず、中国人は企業にいれば安心だと思い込んでいる。こっちで外国人の転職というのは本当に面倒で、毎回労働局や入境などになぜか自分で行って処理させられる。このとき会社の用意する書類に少しでも不備があればやりなおしである。会社の書類に不備がなくても役所が判子の日付を間違えたりすることも珍しくないため、こんなときもやりなおしである。こういういい加減で何でも自分が注意しないといけない国では安心して働くという感覚は想像できない。
中国人が何を考えているか、それは非常にシンプルで単純なのかもしれないが、彼らの気まぐれさ無責任さがその単純な思考プロセスをとてつもなく複雑な迷路にしている。

