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普通に生きられない社会

大人になって働いて結婚して子供ができてやがて死ぬ。死ねば墓に入って。。というのが大昔からの大半の人の普通の人生だと思うが、最近になってこんな当たり前のことが贅沢というか難しくなってきた。

大人になるのはまあ時間が経てば誰でも大人の年齢になる。教育の差はあれ、以前であればそれに応じた雇用があってそれなりに住み分けが行われていた。

ところが今ではブラック企業ばかりの使い捨て雇用になってしまいさらにその意図的な雇用流動により、これまたピンはねを目的とした天下り天国の派遣会社が働く人から金をむしりとる。派遣を通さなければ仕事さえ見つからなくなり、そこで期間限定で働きながら実際のお金の40パーセントぐらいがピンはねされるのが普通になった。

腰をすえて働くとかそういうのはもはや死語といってもいい。

こんな風だから結婚などできない、しなくなるし、結婚しないなら別に家を買う必要もないし、子供だっていらない。子供がいなければ孤独な老人になり、やがて墓に入るときは墓さえ買う金もなし、無縁仏になるしかない。

特に贅沢を言わずに普通に生きるというのがとてつもなく難しい時代になった。普通の人が普通に生きられなくなる社会というのは何なのだろうか。

ほとんどの人は別に金持ちになりたいとか異常な向上心を持って生きているわけではない。大体の人は身の程をわきまえているし、自分の能力で稼げる給料など知っている。大昔からそうだったはずだ。そういう人たちが社会の大部分を構成していてみなお互いに持ちつ持たれつ、企業もそういう人たちの生活を安定させることを社会における存在意義として活動してきた。

それが今では企業は単に労働者をどれだけ安く働かせるか、どれだけピンはねできるかという存在になってしまった。資本経済の末期ともいえるが、そうした社会の成れの果てが普通に生きられない社会である。

普通に生きるというのは実は本来簡単なことだ。朝起きて普通に働き、やがて働いていれば異性と知り合い結婚する、結婚すれば子供も普通にできるし、子供ができて大きくなる頃には年をとっていてやがて死ぬ。これだけの話だ。そんな当たり前の普通ができなくなりつつあるというのはどういう歪みなのか?

私たちは企業にあまりにも生活を任せすぎたのではないかということだ。企業から生活を取り戻すべき時に来ているのではないか?企業依存の人生はあまりに惨めだ
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